家庭で語れぬバイト遍歴・各論 ~新宿午前五時~

「お水関係」の求人に飛びつく大学生

えー、大学生だった頃、人生で初めて「お水関係」のアルバイトを経験いたしました。

と申し上げますと、

「ついにホストデビューか。」

と思われるかもしれませんが、そこはどうかご安心いただきたい。

えー、私がホストになっていたら、お客さんをエスコートする前に、お客さんのほうから「この人、本当にホストですか?」と確認されていたことでしょう。

そもそも、今より見えてはいましたが視力は悪い。

女性をスマートにエスコートするどころか、自分がどこを歩いているのかも怪しい。

No.1どころか、「まず店内で迷子にならないこと」が私の目標になっていたと思います。

そんな私が見つけたのが、フロム・エーに載っていた「ホストクラブサイト管理人募集」という求人でした。

管理人と聞いて勝手にビビる

「管理人」という文字を見た瞬間、

「ホームページ制作?」

「サーバー管理?」

「プログラミング?」

えー、一人で勝手に難しく考えてしまいました。

今でこそAIに何でも聞ける時代ですが、当時の私は、パソコンで困ったら再起動。

それでもダメなら、もう一回再起動。

最後は「頼む!」と祈る。

えー、それをトラブルシューティングと呼んでおりました。

念のため会社へ電話すると、

「掲示板の荒らしに対応するのが仕事だから、普通にネットができれば大丈夫ですよ。」

とのこと。

安心したと思ったら、そのまま学校や住んでいる場所を聞かれ、

「じゃあ、一度やってみよう。」

その一言で採用。

えー、採用される私も私ですが、採用する会社も相当な覚悟だったと思います。

学生なのに夜の新宿へ

会社は新宿。

勤務時間は夜7時から翌朝5時まで。

日給は約2万円。

しかも交通費は全額支給。

えー、学生だった私は「世の中にこんなうまい話があるのか。」と思いました。

案の定、その後の人生で、そんな話は一度もありませんでした。

「週3日くらい入ってほしい。」

と言われましたが、それは難しいと相談し、金曜と土曜だけ勤務することになりました。

えー、普通の大学生は「青春してたなぁ」と振り返るのでしょうが、私が思い出すのは授業よりアルバイト。恋愛より勤務時間。キャンパスより歌舞伎町であります。

履歴書には書けない青春でした。

仕事というより留守番でした

夜8時頃になると、お店が営業を始め、掲示板への書き込みが増えてきます。

「今日行く!」

「○○くん指名!」

そんな書き込みを眺めながら、ときどき荒らしを削除する。

仕事はほぼそれだけ。

しかも書き込みがあると通知メールが鳴るので、それ以外は自由時間でした。

勉強してもいい。

ネットサーフィンしてもいい。

えー、私は将来一円も稼いでくれない、大人向けサイトの研究に膨大な時間を投資しておりました。

あれだけ真剣に研究したにもかかわらず、得られたものは知識でも教養でもなく、「夜更かしは得意」というどうでもいい特技だけであります。

大学の単位になっていたら、首席卒業も夢ではありませんでした。

新宿が第二の実家でした

朝5時に仕事が終わると、吉野家で朝ご飯。

その後は個室ビデオかテレクラで仮眠を取ったり、時間をつぶしたりしながら夜の勤務を待ちます。

テレクラでは、たまに女性とアポイントできることもありました。

その時はホテルへ行き、ちゃんとベッドで眠り、お風呂にも入り、再び仕事へ。

えー、ここだけ切り取ると、ずいぶん景気のいい大学生に聞こえます。

しかし、その奇跡を二十年以上こすり続けている時点で、お察しいただければ幸いです。

普段の私は、女性との出会いより電柱との出会いのほうが圧倒的に多い人生であります。

人生は最後にオチがつく

えー、この仕事は間違いなく、私のアルバイト人生で一番ラクに稼げた仕事でした。

しかし、人生というものは不思議なものであります。

おいしい話のあとには、必ず請求書が届く。

このバイト帰りのある日、私は歌舞伎町で見事にぼったくり被害に遭いました。

学生の私には心臓が止まりそうな金額を請求され、「終わった…。」と本気で思いました。

ところが、えー、そのまま泣き寝入りしたわけではありません。

紆余曲折の末、最終的には返金してもらうことになるのであります。

一体どうやって取り返したのか。

その顛末は、またいつかお話ししたいと思います。

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