間違えたフロアで他人のキャビネットを漁った話 ~視覚障害者とタッチ式エレベーターの罠~

先日、オフィスへ出勤した時の話。

私にとって出社とは、「働く」というより、

“無事に会社へたどり着けるか”

という、リアル脱出ゲームに近いのであります。

しかも私は重度の視覚障害者。

世の中には、

「段差に気をつけましょう」

という注意喚起があふれておりますが、私の場合、本当に怖いのは段差ではありません。

“同じレイアウトのフロア”

であります。

えー、これ、視覚障害者あるあるだと思うのですが、同じ会社のビルで各階の造りがほぼ一緒だと、エレベーターで降りる階を間違えても、なかなか気づけないのであります。

床の感触。

空気感。

通路の幅。

コピー機の位置。

全部だいたい同じ。

つまり私の場合、毎日かなりの割合を、

「勘」

で生きているのであります。

えー、会社員というより、もはや洞窟を進むRPG主人公であります。

うちのビル、視覚障害者にはややハードモード

しかも、うちのビルのエレベーター事情がまた絶妙。

合計8基あるうち、私が利用するのは低層階用の4基。

しかし、その中で音声ガイダンスが付いているのは、手前の1基だけなのであります。

つまり、視覚障害者に優しい仕様が“4分の1”。

なかなかの低確率。

ほぼレアキャラ。

もちろん、いつもはその“当たり機”を狙いたいところであります。

しかし現実はそう単純ではない。

私は普段、わざわざ手前のエレベータが来るのを待つようなことはせず、ボタンを押して開いたエレベータにそのまま乗るようにしているのであります。

朝の出社時に、

「音声付き来い……音声付き来い……」

と祈りながら待機しているほど、私も暇ではない。

いや、えー、本当はちょっと祈っているのでありますが。

その日も、いつものようにボタンを押し、最初に開いたエレベータへ自然に乗り込んだ。

ただ、それがたまたま“手前から3基目”だったのであります。

えー、この時点で、すでに運命は静かに狂い始めていたのであります。

最新設備、だいたい私に厳しい

さらに問題なのが、最近のエレベーターボタン。

昔ながらの、

「ぐっ」

と押し込むタイプではなく、

“触れたら反応するタイプ”

であります。

えー、あれ、未来感はあります。

スタイリッシュです。

しかし視覚障害者との相性は、まあまあ終わっている。

私はボタンを確認しているつもりでも、指先がふわっと別の階に触れてしまうことがあるのであります。

すると知らないうちに、別フロア行きが予約される。

本人はまったく気づいていない。

もはや静かなテロであります。

しかもエレベータ側も、

「お客様、別の階も押されましたよ?」

などとは教えてくれない。

無言。

完全に無言。

えー、最新設備、だいたい説明不足なのであります。

自信満々で、間違ったフロアを歩く男

そしてその日も、私は何の疑いもなくエレベーターを降り、颯爽と歩き出しました。

「今日はスムーズだな」

などと、できる男の空気すら漂わせながら。

しかし実際には、違うフロアを全力で歩いていたのであります。

……とはいえ、実はこれ、初めてではない。

同じことは過去にも何度かあったのであります。

学習能力がないのかと言われれば、えー、否定は難しい。

人は経験から学ぶと言います。

私は経験を積み重ねながら、同じミスを続けております。

えー、ここまで来ると成長ではなく、伝統芸能であります。

そして事件はキャビネットで起きた

私は完全に自分のフロアだと思い込み、いつものように個人キャビネットへ向かいました。

何の迷いもなく扉を開け、手を突っ込む。

……。

…………ん?

手触りが違う。

私のキャビネットなら、

  • 読みかけの資料
  • 使う予定のないケーブル
  • 「あとで整理する」と思って数年経過した紙類

などが、人生の縮図のように雑然と詰め込まれているはず。

しかしそのキャビネット、妙に整っている。

整理されすぎている。

私の人生には存在しない秩序がある。

その瞬間、私は悟ったのであります。

「これ、他人のキャビネットや」

と。

えー、朝から他人の収納事情を手探りで確認する中年男。

冷静に考えると、かなり終わっているのであります。

まさかの“同志”発見

しかも、ここで新たな事実に気づくのであります。

個人キャビネットには本来、ダイヤルロックが付いております。

しかし私は、あれが苦手。

視覚障害者にとって、ダイヤル式というのは地味に面倒なのであります。

合わせたつもりがズレていたり、

番号が合っているのに開かなかったり。

朝から小さな金庫破り選手権が始まる。

そのため私は、基本的にロックをかけておりません。

セキュリティ意識より、利便性優先。

えー、会社のコンプライアンス研修担当者が聞いたら、たぶん泣くタイプの社員であります。

ところが今回。

私が誤って手を突っ込んだ他人のキャビネットも、ロックされていなかったのであります。

つまり。

同志がいる。

少なくともこの会社のどこかに、

「ダイヤルロック、めんどくせえな……」

と思っている社員が存在するのであります。

いや、もしかすると、その日たまたまロックし忘れていただけかもしれません。

しかし私は信じたい。

あの開きっぱなしのキャビネットの向こうに、

“利便性を優先した仲間”

の存在を。

もはや妙な連帯感すら覚える。

えー、朝から他人のキャビネットを漁っておきながら、勝手に友情を感じている時点で、かなり危険人物なのでありますが。

幸い、誰にも見られていなかった……はず

あの瞬間の気まずさ。

まるで深夜にコンビニへ行き、ふと鏡を見たら上下ヨレヨレのスウェットだった時くらいの絶望感であります。

幸い、いつも出勤は早朝。

周囲に人の気配はありませんでした。

……いや、正確には、

“見えていないので確証はない”

のでありますが。

もし誰かに見られていたら、

「朝から他人のキャビネットを漁る謎の中年男性」

として、防災センター案件になっていた可能性すらあります。

社内メールで、

“黒いリュックを背負った人物にご注意ください”

などと配信されていたかもしれません。

しかも私、視覚障害者なのでキョロキョロしている自覚がない。

周囲から見たら、

「挙動が不審なのに移動だけは妙に慣れている男」

という、かなり怖い存在になっていた可能性があるのであります。

えー、防犯カメラ映像だけ見たら、完全に“内部を熟知した犯人”であります。

押した感、それは人類の安心

しかし今回、改めて思ったのであります。

視覚障害者にとって、“同じレイアウト”というのは安心材料である一方、時として恐ろしい落とし穴でもあるのだと。

そしてもうひとつ。

最新設備というのは、必ずしも全員に優しいわけではない。

触れるだけで反応するボタン。

確かにスマートです。

しかし私には、少々スマートすぎたのであります。

できれば昔ながらの、

「ぐっ……!」

と押し込むタイプに戻していただきたい。

あの“押した感”こそ、人類の安心であります。

えー、今の私は、

「押したつもりで押せていない」

「押してないつもりで押している」

という、人生そのものみたいな状態になっておりますので。

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