医学部一本だった受験時代
えー、私のバイト遍歴も、いよいよ大詰めであります。
今回は、私が大学を休学していた頃のお話をしたい。このように考えているところであります。
私は医学部一本で受験勉強をしておりました。浪人時代も医歯薬系専門の予備校に通い、親も学費を出してくれていましたから、息子が将来、医者になることを期待していたのだと思います。
ところが、浪人時代、予備校の英語の先生から、低視力を理由に医学部進学を考え直したほうがいいのではないか、と指摘されたのであります。
えー、自分の視力が低いことは分かっていました。しかし、それが医者になるうえで支障になるとは、考えたこともなかった。両親や祖母からも、そんな話をされた記憶はありません。おそらく、あえて言わなかったのでしょう。
そして結局、医学部を断念したのは、ほかでもない、私自身であります。
医者にならなかったことの社会的意義
えー、もし医者になっていたら、患者さんに「先生、私の病気は何でしょうか」と聞かれて、「まず私の人生を診察していただきたい」と答えていたかもしれません。
患者を診る前に、自分を診ろ。まさに、そういうことであります。
診察するたびに患者さんの血圧を上げ、医療費を払っているのに血圧まで上げられる。これは患者さんにとって、たまったものではありません。
えー、結果的に医学界に進まなかったことは、国民の皆様の健康を守るという意味で、一定の社会的意義があったのではないか。このように前向きに評価しているところであります。
大学生活、そして性欲だけは首席級
さて、医学部以外の進路を考えていなかった私は、別の大学へ進学しました。
英語や物理には出席していたものの、専門科目はサボりがち。学びたい分野があって入学したわけではありませんから、当然といえば当然であります。
えー、もっとも、若い男であります。勉強以外への関心は、実に旺盛でした。
講義には出ない。専門書は開かない。しかし、性欲方面の研究意欲だけは極めて高い。
もし性欲に単位が認定される制度があったなら、私は首席で卒業できたかもしれません。残念ながら、大学は本能より出席率を重視する。ここに、制度上の大きな壁があったのであります。
大学を休学し、社会へ
えー、やがて私は、大学で勉強に集中できる状態ではないと考え、休学を決断しました。
休学すれば寮を出て、部屋を借り、生活費も自分で稼がなければならない。こうしたことは、最初から分かっておりました。
それでも、いったん社会に出て、自分が何をしたいのか考えよう。そう判断したのであります。
つまり、何も考えずに大学から逃げ出したわけではない。自分なりに悩み、考えたうえでの決断であります。
えー、ただし、考えた末の結論が休学なのですから、私の思考力がどこまで機能していたのか。これは、今となっては検証が必要であります。
債権管理からビラ配りまで
休学中、私はいくつかの仕事を経験しました。
信販会社では債権管理、ASPサービス会社ではクライアント候補企業のリストアップ、さらに街頭でのビラ配りであります。
医学部を目指していた男が、医者を断念し、大学を休学し、債権管理へ。
えー、人の命を救うはずだった男が、今度は債権を管理する。ずいぶんな進路変更であります。
しかも、当時の私は、自分の将来設計すら管理できていなかった。債権管理の前に、まず人生管理を学ぶべきだったのではないか。そう言われても、反論は難しいところであります。
履歴書だけを見れば、医学部志望から債権管理、企業リスト作成、ビラ配りへ。一貫性がないと言われれば、そのとおりであります。
しかし、えー、その都度、自分なりに考えて決断してきた。これは申し上げておきたい。判断が正しかったかどうかは、また別の問題であります。
自分探しの前に、まず部屋探し
そして、社会に出るには住む場所が必要です。
えー、自分探しの前に、まず部屋探し。自分の将来は見通せないのに、家賃と間取りは比較しなければならない。人生とは、実に現実的であります。
次回は、私が選んだ住まいのお話をしたい。
池袋、新宿、そして大好きな渋谷まで一本。若者にとっては夢のような立地であります。
ところが、えー、運転できない男が、なぜか駐車場まで借りることになるのであります。
人生の行き先も決まっていないのに、車の置き場所だけは確保する。これはもう、人生の優先順位をめぐる重大な問題であります。
次回、その謎に迫ります。

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