皆さん、こんにちは。
本日は、私の身に起きている異変について、お話ししたいと思います。
えー、異変と言いましても、突然視力が回復したとか、腹筋が割れたとか、そういう希望のある話ではありません。
そちらについては、今のところ医学界からも完全に見放されております。
むしろ最近は、加齢による身体の衰えだけが順調に進行しております。
気力は20代。
体力はWi-Fi一個。
そういう状態であります。
私はここ最近、森恵さんのライブ遠征を、本格的に考えるようになっておりました。
しかも困ったことに、自分でも「なぜここまでなっているのか」が、よくわかりません。
気がつけば、
- 7月の渋谷3days
- 5月末の静岡
- 6月の仙台
- 8月の名古屋
のチケットを確保しておりました。
なお私は重度視覚障害者のため、単独遠征は基本的に困難です。
つまり毎回、チケットは2枚。
ライブ遠征というより、小規模部隊の編成であります。
しかも現在、私は10月の沖縄と北海道まで検討を始めています。
視野狭窄とはよく言ったものであります。
現実の視野はかなり狭いのに、推し活の行動範囲だけは全国区になっております。
人生、何が起きるかわからないのであります。
本来私は「鋼鉄側」の人間だった
そもそも私は、長年ハードロックとヘビーメタルを中心に生きてきた人間であります。
爆音。
革ジャン。
ツインギター。
シャウト。
骸骨。
「この世が滅びてもギターソロだけは最後まで聴きたい」
そういう価値観で生きてきました。
今年のライブ予定を見ても、
- 本日この後鑑賞予定ののHelloween 東京公演2日目
- 6月のANTHEM
- 11月のIron Maiden 東京公演2日目
であります。
つまり私は、本来「鋼鉄側」の人間なのであります。
ところが現在、私はアコースティックライブのために、新幹線の時間を調べ、宿泊導線を確認し、同行者の調整を行っております。
ジェットエンジンを愛していた男が、突然、卓上扇風機に人生を持っていかれているのであります。
しかし実際には、逆なのかもしれません。
メタルは鼓膜に来ます。
だが森恵さんの音楽は、静かに人生へ入ってくる。
しかも厄介なのは、一撃ではないことです。
じわじわ来る。
本当にじわじわ来る。
気がつけば、逃げ場がなくなっているのであります。
最初は「うまい人だなあ」くらいだった
最初に森恵さんを知ったのは、3〜4年前だったと思います。
YouTubeで、弾き語りカバー動画を偶然見かけたのであります。
その時の私は、「うまい人だなあ」とは思いました。
ただ正直に言えば、その段階ではプロのミュージシャンだとは思っていませんでした。
YouTubeには時々、とんでもなく歌のうまい一般人がいます。
「昼は事務職、夜は化け物ボーカル」みたいな人が普通に存在する。
私は勝手に、そういうタイプだと思っていたのであります。
ただ、不思議と印象には残りました。
名前も覚えました。
それが数年後、変な形で再接続されることになります。
ギターを始めたら、また出会った
きっかけは、ギターでした。
えー、私はここ数年、ギターを弾いております。
もちろん、華麗な速弾きなどはできません。
むしろ「Fコードを押さえるたびに人生の厳しさを知る中年男性」であります。
しかも私は目が悪いため、ピックを落とすと、その時点で一度人生が止まります。
床に落ちたピックを探す姿は、もはや音楽ではなく災害救助活動であります。
そんな私が、弾きたい曲の参考動画を探していたところ、また森恵さんが出てきたのであります。
不思議なもので、自分が好きな曲を辿っていくと、同じ人へ行き着くんですね。
「あれ、この人またいるな」
と思い、今度は少し詳しく調べてみました。
すると普通にプロの方でありました。
しかも動画には、カンニング竹山さんまで出ている。
私はそこで初めて、
「あれ? 思っていたよりだいぶ本格的な人だぞ」
となったのであります。
配信という名の静かな侵略
そこから、ライブ配信を見るようになりました。
これがいけなかった。
いや、正確には「良かった」のかもしれませんが、私の生活には確実に異変が起き始めました。
配信では毎回、生で数曲歌ってくれるのであります。
最初は何となく見ていました。
しかし回数を重ねるうちに、だんだんおかしくなっていきました。
えー、人間、「毎週楽しみがある」という状態に慣れると危険であります。
完全に生活へ入り込んできます。
気がつけば私は、メンバーシップへ加入しておりました。
なぜなら、過去の配信アーカイブが見たくなってしまったからであります。
これは非常に危険な兆候です。
人間、「過去を全部見たい」と思い始めた時点で、もうかなり深いところまで来ています。
しかも恐ろしいことに、流し聴きではないのであります。
ちゃんと聴いている。
歌詞を聴いている。
ギターを見ている。
曲を楽しみにしている。
急に感受性が再起動しております。
これは由々しき事態であります。
そして私は、だんだん思うようになりました。
「これ、生で聴いたらどうなるんだろう」
と。
現地でわかった。「この人、ロックだ」
そのタイミングで、3月20日の「マイカントリーロード」コンサートのチケットがリリースされました。
私は、即確保しました。
完全に動きがオタクであります。
しかし実際に現地へ行った私は、さらに驚かされることになります。
私は勝手に、「しっとり弾き語り系」のイメージを持っていたのであります。
静かな空気。
優しい歌。
癒し。
そういう感じを想像していました。
ところが実際に現地で見た森恵さんは、完全にロックシンガーでありました。
しかもかなり強いタイプの。
まず、アコギのリフがロックなのであります。
「あ、その右手、絶対ロック畑ですよね?」
という圧がある。
さらにバンド編成になると、一気に空気が変わる。
シャウトもある。
エレキに持ち替える。
アップテンポが続く。
音が前へ出てくる。
私はその時、
「あ、この人、“静かな人”じゃない」
と思いました。
「音楽で殴ってくる人だ」
と。
もちろん良い意味であります。
私は長年メタルを聴いてきたので、「ロック側の人間かどうか」は、なんとなくわかります。
そして森恵さんは、完全にそちら側の人間でありました。
ただ攻撃方法が違う。
メタルは火炎放射器です。
しかし森恵さんは地下水であります。
静かに浸透してきて、気づけば逃げ場がなくなっている。
恐ろしいことであります。
ギター熱、再燃
その後、私はさらにおかしくなっていきました。
ファンクラブ入会。
遠征計画。
アーカイブ視聴。
そしてギター熱の再燃。
えー、私は以前、ギターの先生に自宅まで来ていただいてレッスンを受けておりました。
非常にありがたかったのであります。
ところが途中から、ギターコードよりも別方面の“導き”が増えてまいりました。
気がつくと、Cメジャーの押さえ方より人生観について語られる時間のほうが長くなっていたのであります。
最終的には、音楽とは別の方向へ魂をチューニングされそうになったため、丁重にお引き取りいただきました。
それ以来、気づけば1年半ほど経っています。
ただ、その間まったくギターをやめていたわけではありません。
私は毎日、動画を参考にしながらギターを触っております。
コードチェンジは遅い。
リズムも怪しい。
カポタストは時々行方不明。
しかも犯人は、だいたい自分の手の下であります。
それでも毎日触っているのであります。
つまり私は、たぶんギターが嫌いではないのでしょう。
いや、むしろかなり好きなのでしょう。
人間、本当に嫌なことは毎日やりません。
だから最近、またちゃんと先生を探したいと思うようになりました。
きちんと導いてくれる人がいれば、今よりもう少し前へ進める気がしているのであります。
Fは大好きであります
なお、ギター初心者は、よくFコードで挫折すると言われています。
確かに難しい。
人差し指1本で複数の弦を押さえるという、「指に対する要求事項がおかしいコード」であります。
ただ不思議なことに、私はFについては比較的スムーズに乗り越えました。
むしろ今でも苦手なのはBであります。
どうもしっくりこない。
押さえたつもりでも、どこかが鳴っていない。
人生、なかなか思い通りにはいかないのであります。
そしてこれは、えー、別の話にも通じる気がしております。
私はどうやら、FやGはむしろ大好きなのですが、AやBになると急に自信がなくなります。
いや、ギターコードの話であります。
現時点では。
しかし中年男性が、「Fは大好き」などと真顔で語っている光景は、冷静に考えるとかなり危険であります。
もし娘に聞かれた場合、しばらく家庭内査問委員会が開かれると思われます。
我が家、推し文化が乱立する
静岡については、妻が同行してくれることになりました。
ありがたいことであります。
本心はわかりません。
ただ「好きにしたら」という感じではあります。
しかし妻も、朝倉未来さんやUNICORNが好きなので、人の趣味への理解はあるのだと思います。
さらに小学5年生の娘は、
- Snow Man
- SixTONES
- STPR系
を推しております。
つまり我が家は現在、
格闘技。
メタル。
アコースティック。
アイドル。
配信文化。
愛犬リリー。
が混在する、文化的統一感ゼロの空間となっております。
なお家庭内序列は、
妻。
娘。
愛犬リリー。
私。
であります。
この秩序は極めて安定しております。
「同行援護」ではなく、一緒に楽しみたい
さて。
ライブ遠征で、一番難しいのは「誰と行くか」なのかもしれません。
もちろん、ガイドさんは移動支援のプロであります。
安全に目的地まで行く。
それは本当にありがたいことです。
ただ私は、せっかく同じライブへ行くなら、一緒に楽しみたいのであります。
これは贅沢なのかもしれません。
しかしライブというのは、単なる移動ではなく、「時間」と「空気」を共有する場所でもあります。
「この曲いいですね」
「ギターすごいですね」
そんな会話ができると、私はとても嬉しい。
理想を言えば、
「森恵さんは○○さん」
「メタルはあの人」
みたいな、“アーティスト別専属ガイド体制”が完成すると最高であります。
もはやバンドツアースタッフであります。
ライブ会場という、少しだけ別の世界
しかしライブ会場へ行くと、不思議と気持ちが軽くなります。
これは森恵さんに限ったことではありません。
昔から私は、ライブハウスやホールの空気が好きでした。
開演前のざわつき。
チューニングの音。
照明が落ちる瞬間。
「あ、これから何か始まる」
という空気が好きなのであります。
普段の生活では接点のない演者と、同じ空間で、同じ時間を過ごす。
それだけで、少し現実から離れられる気がするのです。
視覚障害があっても。
年齢を重ねても。
家庭内序列が最下位でも。
ライブ会場では、ほんの少しだけ肩の力が抜けます。
だから私は、またチケットを取ってしまうのでしょう。
余韻に、もう少しだけ浸っていたい
そしてライブが終わると、帰りの電車で急に現実へ戻されます。
翌日は普通に自宅でPCを開きます。
メールも来ます。
Teamsも鳴ります。
会議もあります。
「あのシャウトは何だったんだ」というくらい普通の日常であります。
だから私は、帰宅後もしばらく余韻に浸ろうとします。
配信を見返す。
セットリストを思い出す。
ギターを触る。
できるだけ長く、あの空気の続きを感じていたいのであります。
現実逃避と言われれば、その通りなのかもしれません。
しかし人間には、そういう時間も必要なのであります。
そしてたぶん私は、このあともまた、
「なぜ私は沖縄のホテルを検索しているのか」
と、自分で自分に問いかけるのでしょう。
えー、普通なら、
「ちょっと落ち着け」
となるところなのかもしれません。
しかし現在の私は、
「次はどこへ行こうか」
を真顔で考えております。
まったく、欲望に忠実な中年であります。
ですが、こうして何かに夢中になれること自体、案外悪くないのかもしれません。
ギターを弾き、
配信を観て、
ライブの予定を立て、
少し先の楽しみを作る。
そういう時間に、最近かなり救われております。
だからたぶん私は、これからも懲りずにチケットを取り続けるのでしょう。
そしてまた、
「視野狭窄なのに行動範囲だけ広い」
と言われながら、新幹線に乗っている気がします。
今のところ、その予定であります。

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