家庭で語れぬバイト遍歴・各論 ~初バイトは土方から~

大学生最初の夏休み、初バイトの行き先は土方

大学生になって迎えた最初の夏休み。実家に帰省しても特にやることもなく、祖母の話し相手も嫌いではありませんでしたが、遊ぶにもお金が必要。そこで私はアルバイトを探しました。とはいえ、コンビニやファミレスのような「普通の仕事」はどうも気が進まない。若気の至りで刺激が欲しかったのか、「肉体的な疲労こそ働く喜び、ご飯がおいしく食べられる秘訣」といった幻想を抱いていたのかもしれません。結果、選んだのは──よりによって土方であります。

採用は父のツテで即決

父のツテで地元工務店の専務に頼んだところ、あっけなく即採用。履歴書もろくに書かず、ウキウキしながら作業服を買い、母の作ってくれた弁当を手に徒歩10分ほどの工務店へ通い始めました。完全に「コネ採用の下っ端」であります。

出勤から現場までの流れ

出勤するとまずは事務所の掃除、その後朝礼、そしてチームごとに現場へ。作業は夕方5時まで、終われば解散。雨が降れば即中止というシンプルさ。NO WORK, NO PAY──つまり、雨の日はゼロ円。日給5,000円という数字の軽さと肉体労働の重さのギャップに、若造の私は早くも人生の不条理を知ることになりました。

専務とヘルメット事件

自分専用のヘルメットを支給されたときは妙に嬉しかったのですが、つけ忘れることもしばしば。トラックに乗ろうとすると、事務所二階から「◯◯くーん、ヘルメットー!」と専務の大声。そして、ヘルメットが放物線を描いて飛んでくる。ほとんどコントであります。私の初バイトは、肉体労働というよりドリフの舞台裏のような日々でした。

三つのチームと濃すぎる仲間

チームは三パターン。物静かなIさんリーダー、パチンコ好きのおばちゃんMさんリーダー、そしてぐうたらでホラ吹きのジジイAさんリーダー。専門性などほぼ不要、ユンボやユニックの免許を持っていれば御の字。普通免許すら持っていない私は「人力専用機」としてこき使われました。

Iさんチームでの交通事故

Iさんチームで勤務していたある日、Iさん運転のユニックで事務所に戻る途中のことでした。右折しようとした瞬間、直進してきた黒いホンダ車が突っ込んできたのです。私は助手席に座っていたので、一部始終をスローモーションのように見ていました。ホンダ車が近づくのは分かっていましたが、ブレーキが遅い。結果、衝突したのはユニックの助手席側のアーム部分でした。

私は身構えていたのですが、衝撃はほとんど感じませんでした。車を降りて確認すると、ユニックのアームにはへこみすらなし。一方でホンダ車のフロントはボンネットがひしゃげ、見事にへこんでおりました。いかに建機が頑丈で、乗用車が脆いかを、身をもって知った瞬間であります。

Mさんチームの思い出

Mさんチームでは、特に派手な事件はありませんでしたが、Mさんという存在そのものが印象的でした。シングルで当時40歳くらい、小柄でくわえタバコが似合うサバサバ系。気立てがよく、午前中の休憩には自販機で飲み物を買ってきてメンバーに振る舞うなど、女性ならではの細やかな気遣いができる人でした。

私やほかの若い子に対しては名前ではなく「あんちゃん」と呼ぶので、誰を呼んでいるのか若干紛らわしい。ですが、その気安さが妙に心地よかったのも事実です。彼女はパチンコ好きで、私も少しやっていたので休日にホールに行ったら、やっぱりいました。しゃべりながら隣同士で打ち、バイト先とはまた違う「遊び仲間感」を味わったのも良い思い出です。

PHS紛失事件

ある現場でPHSを落としてしまい大騒ぎ。夜になって姉に付き添ってもらい呼び出し音を頼りに探し回った結果、無事発見。当時は携帯電話黎明期。私にとってPHSはちょっとしたステータス。無くしたときの絶望と、見つけたときの安堵は、初恋よりも濃かった気がします。

Aさんと施主といいちこ事件

ある日、大雨で作業は中止──のはずが、Aさんと施主が意気投合し宴会が始まってしまいました。いいちこの一升瓶が登場。奥さんからはジュースとおつまみをいただき、私は新米ながらもなぜか輪に加えられる。サボってよいのか悩む私をよそに、Aさんはホラ話を連発。「昔は女が何人いた」とか「土地は山ほど持ってる」とか。信じる者は誰もいませんでしたが、勢いだけは大地主でありました。

現場のおじさんの金言

帰り際、下請けのおじさんからよく言われた言葉があります。「人一倍働いて飯三杯食え」。単純ですが、不思議と胸に残る金言でした。軍手でケツを拭く未来が待っているとは夢にも思わず、私はその言葉を素直に噛みしめていたのです。

おわりに

こうして私の初バイトは、汗と泥と、事故とホラと気遣いに彩られた日々でした。華やかさなど一切なし。けれども「家庭で語れぬバイト遍歴」の幕開けとしては十分すぎる内容であります。次回は、舞台を現場から山奥へ──産廃処理場という、さらに過酷で笑えない環境に突入いたします。

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