公衆電話と怪広告の時代 ~国家予算を超える電話番号と失われた青春エネルギー~

前置きであります。

前回の記事では「今後はアルバイトを一つひとつ掘り下げてまいります」と申し上げたわけでありますが──。

ところがどうでしょう。ほんの少し触れただけのキーワードから、次々と過去のエピソードが湧き上がってまいりまして、もはや語らずにはいられない状況になってしまったのであります。おそらく、これは私だけの衝動であり、誰も期待していない話でありましょう。しかし、期待されていないからこそ語ってしまう。これが人間の性というものであります。

というわけで、本日はアルバイト本編に入る前に、もう少し前置きを取らせていただきたい。テーマは「公衆電話と怪広告の時代」であります。

伝言ダイヤルとツーショットの紙面ラッシュ

まず、思い出すのは伝言ダイヤルやツーショットダイヤルの広告であります。当時は固定電話が主流で、電話一本で人と人がつながる仕組みが社会の隅々まで浸透しておりました。やがて携帯電話を舞台に出会い系サイトへと姿を変えていくのですが、私が中高生の頃に読んでいたスポーツ新聞や週刊誌、エロ本、青年コミック誌は、こうした広告で紙面がぎっしり。

数にして膨大、掲載された電話番号を数字として全部足せば国家予算を超えるのではないか──そんな錯覚すら覚えたものであります。

電話ボックスという“現場”

その怪しさが凝縮されていたのが、公衆電話ボックスであります。今や絶滅危惧種となりかけておりますが、当時はガラス面がピンクビラで覆われ、もはや中にいる人の性別すら判別不能。電話機の上にはビラが山のように積まれ、広告を配布するおじさんをよく見かけたものであります。

極端な場合には、私が通話中にもかかわらず扉を開け、強引にビラを突っ込んでくる猛者もおりました。今なら即トラブルになりそうですが、当時の私はただただおどおどしていたのであります。

きわめつけの“自家発電”

さらに、きわめつけの光景がございました。電話ボックスに“自家発電”の痕跡を見てしまったのであります。おそらく先客の男性が、ピンクビラに囲まれ、ツーショットダイヤルの甘美な音声を燃料に、利き手オルタネーターを高回転で回したのでありましょう。

しかし問題は、その発電されたエネルギーがいずこへ消えたのか。電話機にチャージされたのか、あるいは虚空に放散されたのか。まさに「失われた青春エネルギー」であったのであります。

テレホンカード文化という足場

この時代を下支えしたのが、テレホンカードであります。有名人の顔写真入り、企業ノベルティ、限定デザイン。通話の道具であると同時に、一種のステータスシンボルでもございました。分厚いカードホルダーを抱える大人を横目に、私の財布には常に薄っぺらいカード一枚。すでに格差を痛感していたのであります。

もっとも、裏もございました。都市部では偽造・変造カードが横行し、東京・上野公園で外国人が販売していたという話を、当時テレビでよく見聞きしたものであります。「無限に通話できるカード」と聞いた瞬間、私は「それはテレホン界の賢者の石ではないか」と震えた記憶がございます。

おわりに

こうして振り返れば、アルバイト以前の私はすでに、世の中の裏っぽい文化に触れ、笑ったり怯えたりしながら育っていたのであります。今となっては笑い話ですが、間違いなく“普通じゃない道”へ進むための原体験でございました。

第1話は「公衆電話と怪広告の時代」をお届けいたしました。いえいえ、まだアルバイト人生の幕開けには至りません。しばらくは、このような寄り道エピソードを続けてまいります。どうぞ気長にお付き合いください。

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