ある雨の日の朝、自宅のチャイムが鳴り、「今日はお世話になります!」と元気いっぱいに現れたのは、若きガイドヘルパーさん。初対面の彼女からの第一声がこれまた一発目から大物。
「傘、電車に置いてきちゃいました……」
は? 何言ってんの? と思わず脳内リピート。五秒間ほど時が止まり、脳内がフリーズしました。ええ、私は折り畳み傘一本のみ持参。そう、もう完全に天からの試練。ありがたく受け止めるしかありません。
出発時はまだ雨の「あ」の字もなかったのですが、2つめの目的地へ向かう頃には、空が本気を出し始めました。私はその折り畳み傘を持ちつつ、そのほとんどを彼女にかけてあげるという紳士っぷりを発揮。おかげで私は傘の外、つまりずぶ濡れネズミ状態。自己犠牲? いや、もはやただの成り行き。
彼女はというと、悠々と傘の下。まるで濡れるのは私の仕事とでも言わんばかり。
2つめの目的地はあかすり&マッサージ。いつもの韓国人おばちゃんスタッフが、「お兄さん、そんな濡れてどうしたのよ!」と不思議そうに言うので、「いや、私の不運です」と答えるしかありませんでした。
彼女には近くのカフェで待っててもらい、折り畳み傘を渡して私は施術台へ。施術中、おばちゃんと「もし彼女が新しい傘を買って戻ってきたら、まだまともなガイドだよね」と話していましたが、結果はご想像の通り。
施術終わって戻ってきた彼女は、私の折り畳み傘を手にしているのみ。新しい傘? そんなもん買ってませんでした。
最後の目的地は夕食でしたが、雨はまったく弱まらず。私はまた傘を彼女にかけ、右肩と右足はびしょ濡れ。靴は冷たい足湯、ズボンは雑巾状態。もう笑うしかありません。
食事中に飛び出したのは仮想通貨の話。「知人にすすめられて振り込んじゃいました」と彼女。私の胃は一気に冷えましたよ。
契約書も概要書面もなし。即座に返金を求めるよう知人とやらにLINEで連絡させました。勢い余って彼女には「バカか!」とズバリ指摘。社会問題評論家として黙ってはいられませんでした。
そういえば、彼女は私の募集に何度も応募してきていて、私もちょっと勘違い。「もしかして私に興味あるのか?」と聞くと、「時間で選んでるだけ。内容は見てない」とあっさり。効率重視の若さゆえか、客商売の“ポジティブワード返し”ができないのはご愛敬です。
帰りの電車ではずぶ濡れのまま、小さくなって静かに眠りに落ちてしまいました。
「ああ……体も心も、今日ほど濡れた日はないな」
そう心でつぶやきながら。
彼女とは、その日限りの付き合い。以降、再び彼女が私の募集に応募してくることはございません。
彼女には5年後、いや10年後に期待したいものでございます。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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