皆さま、本日は、たいへんどうでもよい話をさせていただきます。
視覚がほぼゼロ、なのに、なぜかハードロックとヘビーメタルを追いかけてやまない、そんな私の“爆音人生”についてであります。
さる6月19日、ANGRAの来日公演を“観に行き”ました。
ええ、見えてないのに観に行きました。観てません。音です。
それでも「ライブに行った」という満足感だけは、人一倍しっかり持ち帰る私です。
思えば4月には聖飢魔Ⅱ、昨年末にはJUDAS PRIEST、
さらに11月には週2でXYZ→A、筋肉少女帯、ANTHEM……
もはやジャンルではなく、“音の宗教”に取り憑かれた信者であります。
ライブ会場といえば、通常はスタンディング。
しかし私は、目がほぼ見えないという、ライブ向きとは真逆の身体構造。
モッシュで吹っ飛ばされても、何が起きてるか把握できず、
ヘドバンの流れに乗れず一人だけ縦揺れ、もはや洗濯機の中の洗濯物のごとき扱いであります。
幸いにも、私が足を運ぶバンドの観客は、比較的“年季の入った”方々。
暴れる元気はなく、むしろ開演前の話題は「膝サポーター忘れた」といった保健室トーク。
安心・安全・介護付きモッシュレス空間、ここに極まれり。
当然ながら、私一人ではたどり着けません。
すべてのライブには“付き人”が必要であります。
チケットだけは光の速さで確保し、その後に「あ、誰に連れて行ってもらおう」と考える、極めて逆張りスタイル。
まさに“身の丈に合わぬロック魂”を体現しております。
まず声をかけるのは、わが妻であります。
夫婦の会話にメタリカが鳴り響く、これぞメタル婚。
今や彼女は私以上にノリノリで、私がヘドバンに遅れていると「もっと振れ!」と鬼軍曹のような目で(見えませんが)プレッシャーをかけてきます。
しかし、妻の都合が合わぬことも多い。
そこで救世主となるのが「同行援護制度」。
視覚障害者がガイドヘルパーと一緒に外出できる、まさに“人間ナビタイム”とも言える仕組み。
制度設計した方に、今度ビールを奢らせてください。
ありがたいことに、私に同行してくださるガイドさんはなぜか奇跡の引きが強く、
「そのバンド大好きです!」とか、「音楽わからんけど騒ぎたかった!」という人ばかり。
あまりに楽しそうなので「お給料いらないんじゃ?」と錯覚するレベルであります。
制度を知る以前は、妻と予定を合わせるしかなく、
そのためライブは家族の会議案件。
「誰が娘を見てるのか」「あなた体調大丈夫?」などを乗り越えてのライブ参戦は、まさに“家族の国家プロジェクト”でありました。
が、今や私ひとりでも平日ライブに参加できる。
ついでに病院、買い物、映画(音のみ)、スポーツ観戦(雰囲気のみ)、当事者交流会なども、堂々と出陣。
目は見えなくとも、外出欲は全開。
カバンに入ってるのは白杖ではなく、「今日何食べようか」という野心であります。
もちろん、トラブルもあります。
誘導中にライブ会場の段差に気づけず、思いっきりズッコケて、後ろにいたスタッフさんが「え!?」と口を押さえてた、なんてこともございました。
足元の段差より、空気読めない自分のテンションのほうが段違いであります。
それでも、私は言いたい。
見えなくても、音楽は楽しめる。
爆音を浴びながら、心の中でひっそりヘドバンしている私の姿を、
皆さま、どうか想像して笑ってやってください。
以上、“目は死んでても、心は生きてる”私のライブ道でございました。
ご清聴、まことに、ありがとうございました。
コメント