先日、知人と深夜まで楽しく飲んでおりましてですね、帰路は某鉄道会社の送迎サービスをお願いしておりました。
このサービスというのは、あらかじめ出発駅で申し込むと、降車駅で駅員さんがホームまで迎えに来て、改札まで安全に誘導してくれるという、視覚障害者にとってはありがたい、まさに光のような制度であります。私も何度もお世話になってきたわけでありますが、その日は違いました。いや、違いすぎたと言っても過言ではありません。
到着したホームで、私は「さて、迎えはどこかな」と、見えないながらも気配を探していたわけであります。……もちろん目は見えませんから“キョロキョロ”というのもイメージの話ですが、心の中はまさに迷子の子どもそのものでありました。
しかし、駅員さんが来る気配はまったくない。隣のホームに急行が入ってきたのも見えたような気が……いや、感じたわけですが、「人手不足なのか?もしかして駅員さんも今夜は飲み会か?」などと、酔いが回った頭で勝手な想像をしておりました。
が、待てど暮らせど誰も現れない。気がつけば電車も人も消え去り、静まり返ったホームに私はひとり取り残されていたのであります。いや、実際には他に誰かいたのかもしれませんが、少なくとも迎えの駅員さんは来ない。それだけははっきりしておりました。
ホームからコンコースへは、たまたま近くに階段があったため、独力で下りることができました。しかし、そこから改札までは距離があり、一人での移動は困難と判断。寝ていた妻にしぶしぶ連絡を取り、ビデオ通話を通じて何とか誘導してもらい、無事に改札へとたどり着いた次第であります。
それにしても、不可解なのは、出発駅から降車駅へ乗車位置含めて私の存在が伝えられているわけですから、ピックアップできていない以上、鉄道会社は私の所在を気にしなかったのでしょうか?
たとえば、居眠りでもしていて降車駅で降りられなかったのかもしれませんし、あるいは、誤ってホームから転落していた可能性もあったわけであります。
昨今、視覚障害者の線路転落事故が社会問題となっている中、このような置き去り対応は、安全確保という観点からも大きな課題をはらんでいると申し上げざるを得ません。
とはいえ、無事だったからこうして書けるわけで、笑い話として昇華しております。
ですが、次も同じようなことがあれば、私はホームにテントでも張って「駅の野良視覚障害者」を名乗らねばならなくなるやもしれません。
もしも深夜の駅で、ぼーっと立ち尽くす男を見かけたら……それはきっと私であります。
そのときは、「がんばれよ」と小さくつぶやいて、そっとハイボールのひとつでも差し入れていただければ、これ以上の喜びはありません。
以上、視覚はほぼゼロ、けれども意外としぶとい私の、深夜駅置き去り事件でございました。
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